2016年1月29日金曜日

骨髄バンク

理事長の中村嘉孝です。

昨日、駅で写真の広告をみかけました。高邁な理念の広報活動にケチをつけるのは憚られるのですが、コピーに少し引っかかるところがあります。

「キミじゃなきゃ、ダメなんだ」はとても良いのですが、「そう言われることが、人生で何回あるだろう」は、確かにそうだけど放っておいてくれないかな、と思ってしまいます。

さて、産婦人科医が骨髄バンクに何の言いがかりかと訝しむ向きもあられるでしょうが、少しは関係があるのです。

ご存じの通り、骨髄移植ではドナーの骨髄から血液をつくる細胞を取り出し、白血病などの患者さんに注射するのですが、拒絶反応がおきないようにHLAという白血球の血液型を合わせなければなりません。しかし、この血液型は4つしかない赤血球のABO型とちがって組み合わせが数万通りもあります。ですから、ドナーを探すのは簡単ではありません。

しかし、出産のときに臍帯の血液を採って凍結保存しておけば、もし、その子が白血病になったときに自分のために使うことができます。民間に保管業者があって、当院でも分娩をしていた時には多数の方の臍帯血保存をお手伝いしました。

でも、これはあまり普及しませんでした。最大の理由は学会の反対で、学会が進める公的な臍帯血バンクの妨げになる、というのです。公的なバンクは本人のために保存するのではなくて、今の患者さんの中でHLAが合致する人に移植するために臍帯血を保存します。

崇高な互恵の精神ですが、となると、運悪く自分が白血病になった時に、すでに自分の臍帯血が使われてしまっていることもあり得ます。「だから自分の子どもの為だけに」と思うことは、利己的と非難されるべきことでしょうか。もっといえば、いずれ将来、保存の必要がなくなった臍帯血はバンクに贈ることもできます。学会の姿勢は、私には独善的正義に思えます。

もう一つ、産婦人科と関係あるのは、体外受精です。簡単には同じ組み合わせが見つからないHLAですが、兄弟についてはHLAも同じ両親から遺伝しているので、高い確率で一致します。もし一致する兄弟がいない場合には、体外受精で受精卵を作り、着床前診断でHLAが一致したものを選んで妊娠するのです。そして、出産のときに臍帯血を採って、兄弟に移植します。

生命を何かの目的に利用するとは何事か、という批判もあるのですが、「何のために生まれてきたかわからない」という人生よりも、少なくとも「兄を救うために生まれてきた」という方が、よほどいいと私は思っています。

骨髄バンク自体も最初のころには賛否がありました。色々と議論の尽きない領域ではありますが、こういったジレンマは、結局のところ論理で解決できるものではなく、修辞、つまりどのような表現で伝えるかによって社会の受容が決まるのだと私は思っています。だから、件の広告のコピーのちょっとした物言いが、私はとても気になってしまうのです。

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